国内外の写真賞を多数受賞するプロフォトグラファーでありながら、アメリカ文学研究者として大学の教壇にも立っている。一聞するとその異色の経歴に驚かせられる。しかし、長年、研究者として「文学における視覚表象」の研究に取り組まれ、”見えるものがどう表現されるのか”という問いの答えを追い求めるうちにカメラを手にして今に至ると聞けば、カメラや写真に関する別所氏の含蓄ある解説にも深く納得させられる。
2018年3月4日まで開催された「CP+ 2018」のDJI JAPANブースにおいて、別所 隆弘 氏をゲストスピーカーとしてお招きし、「認識の拡張としてのドローン写真」と題して、写真の世界に新たなる視点をもたらしたドローン写真をテーマに講演頂いた内容を本記事でご紹介します。
改めて写真とは?
写真とは何か。その根源的な問いから講演を始めた別所氏。写真という言葉は、真実を写すという意味合いで用いられ、明治時代から使われるようになったという。別所氏は、もともと文学を研究していた時代から写真という単語が表すものに興味を持ち、自らが写真を撮るようになってからは一層深く追求するようになったそうだ。
「Photography」とは、ギリシャ語で光を表す「Phos」と描くという意味の「Graphia」の2語が由来となっている。つまり、”光で描く”という絵画表現のような言葉が、日本では写真と訳されており、その言語的な差異に何か答えがあるのではないかと別所氏は言う。
とある記事でプロのフォトグラファーが語っていた経験であると前置きした上で、ポートレート撮影で実際にあった興味深い話を来場者に伝えた。そのプロフォトグラファーが、女の子を被写体としたポートレート撮影の合間に、カメラの背面液晶画面に映る姿を見せた際、「これは私ではない!」と女の子が急に怒り出した。するとスマートフォンを取り出し「これが私!」と自身の写真を見せてきたそうだが、そこに写っていたのは存分に加工された女の子だった。フォトグラファーは、加工が施された写真に映る自分こそが私であると主張する女の子にショックを受けたそうだ。

では、なぜそのような事がありえるのだろうか。別所氏が問題点として指摘するのは、スマートフォンのカメラ性能の向上に伴い、編集技術も普及してきた事にあるという。
5年前であればAdobe社のLightroomやPhotoshopはプロが使うツールと認識されていたが、今や広く知られるようになっている。スマートフォン用の編集ツールでさえ、ハイライト/シャドー、黒レベル/白レベルなどをスライダーで調整可能で、さらに編集後の写真をソーシャルメディアで簡単に投稿もできる。
別所氏は、誰もが見せたいものを見せたいように世の中に向けて発信できる時代が到来した結果、先に挙げたような加工済み写真を真実であると言う人も存在するのではないかと述べた。さらに、このような状況を笑っている場合ではないと別所氏は続けた。
なぜなら、現代におけるカメラや写真は世界に広がる事実を写すという位置付けだけでなく、女の子のポートレート撮影の例のように、撮る側の世界認識を変容させる可能性を示唆しているのではないかと語った。
今日では、写真がじっくりと鑑賞する対象としてだけではなく、すぐにシェアし消費されるようにもなった。高い評価を受けた写真作品がソーシャルメディア上で広く拡散されることで、同じ場所、同じ構図で撮られた定番写真が増産される。
ドローンで写真を撮ることの意味
定番構図の写真が世の中に出回り飽きられやすい時代にあって、ドローンで空から写真を撮る事の面白さとは何だろうか。その一端を伝えるために別所氏は、世界で最も権威のある自然写真コンテストの一つ、National Geographicの「Nature Photographer of the Year」を取り上げ、自身が空撮部門で第2位を受賞した経験について触れた。
世界的に有名な賞に空撮部門が設けられたという事実も、誰も見た事がない世界を切り取る事ができる空撮分野への注目度の高さを示している。
参考リンク:National Geographic – Nature Photographer of the Year 2017
かつて、別所氏は関西有数の撮影スポットとして知られる滋賀県・高島市のメタセコイヤ並木を捉えた作品で東京カメラ部の10選にも選ばれている。約500本のメタセコイヤがまっすぐ立ち並ぶ美しい通りには、紅葉の時期などに多数の写真家が集まるようになったが、その結果として既出の構図作品が出回るようにもなった。例年メタセコイヤ並木を撮影していた別所氏は、いつしか撮影の被写体から外すようになってしまっていた。
参考リンク:東京カメラ部 別所 隆弘 氏 紹介ページ
プロ写真家として活動する上で、作品表現としては代わり映えしないと思っていたメタセコイヤ並木。しかし、ある作品を見た瞬間に”頭を殴られたような”衝撃を受けたという。それは、もはや新しい構図は見当たらないと思っていた並木道を空から捉えた作品だった。まさに”認識の拡張”を自らが体感したのであった。その後、別所氏はDJI Phantom 4 Proで空撮写真の追求を始める事となる。

特別講演の映像を公開中
最後に、別所氏による「CP+ 2018」 DJIブース特別講演の映像をお送りします。数々の空撮作品と撮影実体験を交えて語られる模様をぜひご覧ください。
別所 隆弘 氏(Takashiro Bessho)
滋賀県在住。アメリカ文学研究者。National Geographicが主催する「Nature Photographer of the Year」の「Aerials(空撮部門)」2位やニッコールフォトコンテストなど、国内外の写真賞を多数受賞。写真と文学の融合を試みるのが最近の関心事。
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(ライター:DJI JAPAN SNSチーム)